第31話「大男がいない……」
今までのお話
第1話「お父さん、大好き」
第2話「大地の放課後」
第3話「はじめて抱いた将来の夢」
第4話「旅行にいくぞ!」
第5話「お父さんに捧げる、ぼくの漫画!」
第6話「お父さんが倒れた!」
第7話「お父さんの入院、お母さんのいらいら」
第8話「お父さんとの最後の時間」
第9話「ひとりぼっちの夏休み」
第10話「新学期」
第11話「危険な放課後」
第12話「地獄のアイスホッケー」
第13話「大地、どん底に突き落とされる」
第14話「天国へ。お父さんのところへ」
第15話「クマみたいな大男 ①」
第16話「クマみたいな大男 ②」
第17話「大地、寝袋をさがして釧路の街を走る」
第18話「大地、寝袋を手に入れる」
第19話「旅立ちの朝」
第20話「一歩目の勇気」
第21話「ヒッチハイク開始!」
第22話「逃亡」
第23話「上尾幌へ」
第24話「神様がためしてるんだ」
第25話「塘路へ」
第26話「母への電話」
第27話「サダハルたちとの出逢い」
第28話「人生の意味」
第29話「屈斜路湖へ、最後のヒッチハイク」
第30話「お父さんとの旅」
はじめから一気に読みたい方はこちらから↓
お父さんとの旅「はじめから一気に読めるページ」
物音がしない。
どこを見ても森か林で、アスファルトの道路以外に人間の匂いを感じさせるものはなかった。その道路にしたってただ静かに横たわっているだけで、車一台とおりかかる気配がない。
陽射しは森のこずえをかすめて鋭く降り注いでいるのに、何だか薄ら寒かった。人けのない荒涼とした風景の中を歩いているからか、それとも目的地が近いことで緊張しているのか、さっきからやたらと身震いばかりしている。
大地はたまらず走り出した。アスファルトを蹴る靴音が、小さく、しかし鋭く響く。早く空き地にいこう。空き地にいけば、大男に逢える。そうだ、もうすぐ逢えるんだ。ついにやったんだ。ぼくはやった。自分の力で屈斜路湖にたどりついたんだ……!
前方に木々の切れめが見えた。近づくと、そこは橋だった。大地は足をとめ、息を切らしながら欄干の文字を見た。『眺湖橋』と書いてある。
ここだ……。
クマみたいな大男がいっていた橋。眺める湖の橋。眺湖橋だ。
ホントにあったんだ……。
大地は小走りで橋の真ん中までいくと、左手に開けた広大な景色に目をやった。湖だ。すきとおったその湖面が、西日を浴びて金色にきらめいている。
「屈斜路湖だ!」大地は欄干から身を乗り出してその金色の水面を見つめた。「屈斜路湖だ! 屈斜路湖についたんだっ!」
地形が入り江になっているせいで、ここから見る屈斜路湖は北海道第二の広さは感じなかった。それでも欄干からさらに大きく身を乗り出して遠くを見れば、この湖がかなりの広さを持っているのだとわかる。少なくとも、旅の途中で目にした塘路湖よりははるかに雄大だ。
遠く向こうの対岸には、丘陵が長々と横たわっている。太陽が西に傾いている影響で、その丘陵は黒いシルエットにかわりつつあった。
遠くの湖面はぴんと張りつめているが、橋の近くの水は小さく波打っている。その波が、浴槽の栓を抜いた後にふろのお湯が一気に流れ出すように、加速しながら橋をくぐって背後へと流れている。
大地は振り返り、反対側の欄干へと移動した。
息をのんだ。
川だ。
川が、ジャングルの中を流れている。
橋をくぐって流れ出した細い川は、マラソンランナーが長いレースのスタートをいっせいに切ったときのように、勢いよく流れていた。その勢いはとだえることなく、左右から倒れこむ木々を小刻みに揺らして、ジャングルのかなたへと吸いこまれるように消えていく。
川の水はエメラルドグリーンで、川底の石までくっきりと見えるほどにすきとおっていた。そのきらめく水の中を、魚の影が右へ左へと鋭く走る。
もしかしてこの川……。
大地は直感的に確信した。この川は釧路川だ。釧路の街で毎日見ているあのねずみ色の川とは似ても似つかないけど、エメラルドグリーンに輝くこの清流こそが、自分がこれから旅する釧路川にちがいない。
この川が釧路の街までつづいているのか……。
大地はバックパックを背にたどりついた夜明けの釧路駅を思い出した。あれは今日の朝のことなのに、ずいぶん昔のことのような気がする。あれからここまでくるのに、いろんな出来事があった。その出来事のすべてを、早くクマみたいな大男に語って聴かせたい。
そうだ。早く大男のところにいこう……。
大地は勢いよく欄干から離れると、約束の空き地に向けて走り出した。
空き地は川のすぐそばにあった。
大地はこれ以上はないほどに強く胸を高鳴らせながら、公道から空き地に下りるスロープを駆け降りた。
未舗装のスロープにはわだちがいくつも刻まれていて、そのうちの一つが向かう先に紺色の車がとまっていた。
紺色の車は湖を向いていた。あの車の中にクマみたいな大男がいるのだろう。早くいって驚かせてやろうと思い、大地は笑いをこらえながら走った。
「遅くなりましたっ!」大地は半分開いた助手席の窓に顔を近づけ、二等兵よろしく、敬礼のかまえを取った。
運転席で漫画雑誌を読んでいた男がこちらを見た。クマみたいな大男ではなかった。土木工事が何かをしているらしい作業服姿の中年だった。
「あ、あれ……?」
「なしたのさ?」
「あ、いや、あの……」
「誰かとまちがえたんかい?」
「あっ、はい。ごめんなさい」
「待ち合わせかい?」
「はい」大地は頷き、クマみたいな大男の特徴を説明した。
「見ないなあ」作業服姿の男はむずかしい顔をして首を傾げた。「ここにいるはずなんかい?」
「おとといからいるはずなんです。屈斜路湖の空き地でキャンプしてるって」
「おとといからって、おら、一週間近くこのあたりで仕事してっけど、そんな大きな男、一度も見てねえぞ」
「そんな……」大地は泣きそうになった。空き地で待っているっていったのに、どうしたっていうんだろう。
「屈斜路湖の空き地って、ホントにここのことかい?」
「えっ?」
「野営場のことなんでないかい?」
「ヤエイ……?」
「ああ。キャンプ場だわ。キャンプするなら、普通は野営場にいくべ。こったら殺風景なとこでなくて」
「はあ……」
「和琴半島でないの?」
「ワコト?」
「湖につき出る半島があるんだわ。そのつけ根のあたりに野営場があってな、内地からきたライダーなんかが大勢泊まってるわ」
「ライダーが大勢ですか……?」
「ライダーだけでなくて、自転車の人とか、それとたまにカヌーで釧路川下る人もいるな」
「カヌーの人?」
「ああ。この釧路川はカヌーのメッカなんだわ。何でも日本で唯一、源泉から海まで下れる川なんだと。おれの知り合いに川下りやるやつがいて、そいつがそんなことしゃべってたんだ」
メッカだとかゲンセンだとか、そんな説明はさっぱり理解できなかったが、カヌーという言葉に大地は食いついた。
「あの、カヌーの人はみんなその野営場に泊まるんですか?」
「みんなってことはねえだろうけども、ほとんどはそこさ泊まるんでないかい。近くに和琴温泉って有名な温泉もあるし、景色もここよりずっときれいだから、旅行者に人気があんだわ」
「いってみます」大地は車につっこんでいた頭を外に出し、きょろきょろとあたりを見まわした。「どっちの方角ですか? その野営場」
「歩く気かい? むちゃだわ。一時間以上かかるぞ」作業服姿の男はあきれた顔で大地を見上げ、車のエンジンをかけた。「乗れや。その野営場までつれてってやるわ」
「ありがとうございます」大地は遠慮せずに助手席に乗った。
車はたった今大地が歩いてきた道を逆にたどり、国道243号とのT字路に出た。青信号を右にまがり、畑がいくつも横たわる田舎道を美幌方面に向って走った。畑のところどころにトタン屋根の民家が立ち、その背後になだらかな丘陵が横たわっている。
五分ほど走り、作業服姿の男はウィンカーを右に出した。
林と畑が囲む直線の小道をひた走り、やがて車は湖に出た。
「ほれ、ここでみんな野営してっから、さがしてみれ」
大地は車を降り、作業服姿の男に礼をいった。男はナンモナンモと右手を振り、車をUターンさせて帰っていった。
コバルトブルーの湖が、信じられないくらいの雄大さで広がっていた。それは今まで生きてきた中でまちがいなく一番に美しい風景だったが、大地はそんなものには目もくれずに大男をさがしはじめた。
湖畔に、ざっと数えて二十張りほどのテントが並んでいる。この中にクマみたいな大男のテントはあるだろうか。
なかった。
キャンプ場のはしからはしまで三往復したが、クマみたいな大男はいなかった。
和琴半島のキャンプ場をあとにし、林と畑に囲まれた道をとぼとぼと歩いた。
これからどうすればいいんだろう……。
大地の頭は混乱していた。哀しくもあり、心細くもあり、みじめでもあった。悔しさもある。怒りもあった。苦労してここまできたのに、どうして約束の場所に大男はいないのか。
泣きたくなった。だが泣いている場合ではなかった。何とかしなくてはならない。何とかしなくては……。
だけど何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。べつの場所をさがすか、もう一度あの空き地に戻るか。あるいは大男はすでに旅立ってしまったのだと判断するのか。どんなに考えても、答えは出なかった。
仮にべつの場所をさがすとして、その場所とはどこだろう。まさか北海道で二番目に広いこの湖のまわりを、くまなくさがすなんてできっこない。だったら空き地に戻るか。だけどあの空き地に大男はいなかったのだ。さっき自分の目で見たのだからまちがいない。
だとしたら、残された道は、大男はもう釧路川をカヌーで漕ぎ出してしまったのだと判断することだった。つまり、あきらめて釧路に戻る選択だ。
いやだ!
苦労してここまできたのだ。そう簡単にあきらめたくない。すごすごと帰るわけにはいかないのだ。
とりあえずもう一度、空き地にいこうと決めた。大男がいなかったのはわかっているが、あの空き地が待ち合わせの場所であるのはたしかなのだ。大男ははっきりといっていた。空き地にこい、と。屈斜路湖の南の眺湖橋って橋のわきの空き地に。その空き地で待っている、と。金曜日まで。そうだ、今日まで待っていると、大男はたしかにそういったのだ。
二十分ほど歩くと、国道に出た。
左にまがり、作業服姿の男の車できた道を逆にたどった。だが歩き出してすぐ、大地は足をとめた。あの空き地まで歩いて一時間以上かかるといわれたのを思い出したのだ。ここは得意のヒッチハイクで空き地をめざそうと思った。
ふと、左手に立つ青い屋根の建物が気になった。一階建てで、コの字形をしていて、ちょっと広めの庭がある。
門標を見ると、そこに学校の名があった。弟子屈町立の小学校だ。
嘘、と思わず声を上げた。こんなちっぽけな建物が小学校だなんて信じられない。だがすぐに、あたりの風景を思って納得した。このあたりの土地には人があまり多く住んでいないのだ。人が住んでいないのだから当然子どもの数も少なく、したがって学校も小さいのだろう。おそらくクラスも一つか、せいぜい二クラスで、ちがう学年の児童がごっちゃに授業を受けているのだ。いつだったかテレビでそういう学校を紹介していた。
児童はすでに下校しているようだった。いつのまにかそんな時間になっていたのだ。振り返って西の方角を見ると、太陽は丘陵のすぐ近くにまで傾いていた。眩しい光だが、ぎらついていた昼間と比べて陽射しはだいぶやわらいでいる。そういえば何となく肌寒い。
早く空き地に戻らないと……。
大地は西日に目を細めながら、美幌方面からやってくる車に向けてヒッチハイクを開始した。車の数は少ない。ぽつぽつとやってくるだけのその車のすべてが、大地に見向きもせずに走りすぎていく。
車が途切れた。大地は重い息を吐きながら膝の屈伸運動をした。太ももがマラソンの授業の直後みたいに重く痛んでいる。
屈伸運動をつづけていると、西日の光の中に人影が現れるのが見えた。
大地は眉毛の前に右手をあててヒサシをつくり、目を細めてその人影を見た。どうやら二人いるようだ。さらに目を凝らすと、大きい人影が小さい人影をおんぶしているように見えた。
人影はこちらに向かって歩いてきた。大地のいる場所から十五、六メートルあたりまでくると、その姿がはっきりと見えた。二人とも、大地と同じ小学生で、やはり大きい方の少年が小さい方の子をおんぶしていた。
話しかけようか迷いながら、大地はヒッチハイクをつづけた。だが視線は国道を走る車でなく、二人の少年に向いてしまう。やっぱり話しかけよう。大地はそう決めて、ヒッチハイクをいったんやめた。
こんにちは、と口を開きかけるが、どうしても声にならない。拓也たちみたいないじわるな少年だったらどうしようと、ついつい弱気になってしまう。
「こんにちは」
大地がびびっているうちに、二人から声をかけてきた。
「こ、こんにちは」
「何やってんのお?」おんぶされている方の子が無邪気な笑顔を大地に向けた。「大きいリュックしょって、遠足?」
「うん、まあ」大地はあいまいに答えた。
「おまえ、この辺のやつじゃねえべ?」大きい方が訊いてきた。「町からか?」
「釧路から」
大地は答えながら、大きい方の少年の全身をさっと眺めまわした。自分よりも背が十五センチ近く高い。六年生だろうか。いや、そうともかぎらない。これくらいの背丈の五年生は日の出小学校にも何人かいる。
「へっ、釧路かよ」大きい方の少年がつまらなそうにいった。
「きみたちは何してんの?」
「おれたち、家に帰んだ」
ここで大地は二人の顔が似ているのに気づいた。
「もしかして兄弟?」
「ああ」
「ここの学校」青い屋根の建物を見やって大地は訊いた。
「そうさ」
「じゃあ、このあたりに住んでるの?」
「ちげえよ。もっとずっと先さ。ここから五キロ先」
「あのね、ぼくたちんち学校の中で一番遠いの」兄の背中で弟がいった。コタンよりもっと先だから」
「馬鹿、釧路のやつにコタンっていったってわかるわけねえべや」
兄に馬鹿呼ばわりされても、弟は慣れっこだというふうに明るい顔のままでいる。
「コタンってのはよ、集落の名前だよ」
「シューラクって?」
「集落も知んねえのか?」少年が馬鹿にした顔で大地を見た。
「うん……」大地はちょっぴりひるんでうつむいた。
「集落ってのはよ、家が集まってるところのこと。この道を真っすぐにいくとよ、左にまがる道があんだ。その道しばらくいくと釧路川があって、橋越えて十分くらいいくとコタンにつくんだ」
あの空き地の近くだ。つまりこの二人とは行き先が同じということだ。
「おれたちの家の集落はコタンを越えて、もう五分くらいいったとこさ。このあたりじゃ一番小せえんだ。何せ、うちのほかに住んでる人がいねえんだからな」
「きみんちだけ?」
「おととしまではもう二軒あったんだけど、どっちの家も離農して出てったんだ」
「リノー?」
「おまえ離農も知んねえのかよ?」
「う、うん」
「まあ、しょうがねえか。釧路は都会だもんな。あのな、離農ってのは、農家が農業をやめちゃうこと。その二軒は農家をやめちゃったのさ。そんで町に出てったんだ。だから今はうちのほかに廃屋が二軒あるだけなのさ」
「だったら、ぼくんちの町と同じだ」この少年と対等のものを見つけたような気がして、大地は元気を取り戻した。「ぼくの住んでる町もさ、昔は十五軒も店が並んでた商店街だったんだけど、みんな店をやめて出てっちゃったんだ。今はもう四軒しか残ってなくて、ほかはみんな廃屋」
「おまえんち商店街なのか?」
「うん。でも今は店は四軒……」大地はそこで言葉を切った。父が死んだ今、日の出商店街には三軒の店しかないことを思い出した。
「だけど商店街にはちがいねんだべ。すげえな。おれ、商店街なんて見たことねえもな」
嘘でしょ、と大地は声を上げそうになったが、すぐにその言葉をのみこんだ。畑と林と湖しかないこの土地に、商店街なんてあるはずない。それどころか、一軒の商店すら見かけない。
「ところでさ、どうして弟おんぶしてんの?」
「こいつ、さっき足くじいたんだ」少年は背中の弟に右手の親指を向けた。「和琴半島にいく道の畑にさ、猫がくるんだ。こいつ、いつも給食の残りをやりにいくんだよ。バスの時間まで少しあるからさ。だけど今日はバスの時間になっても帰ってこねえからさ、様子見にいったら、こいつ、うずくまってんだ、道ばたでよ。なっ?」
兄が振り向くと、弟は、うん、と元気いっぱいに頷いた。
「馬鹿、何笑ってんだ。バスいっちったんだぞ」
「バスいっちった」
「まねすんな、馬鹿」
「あの……」大地は二人のやり取りにわって入った。「おんぶして帰るの?」
「そうだよ」
「五キロあるんでしょ」
「ああ。もっとあるかな」
「歩くの? ずっと、おんぶして」
「仕方ないべや。バスいっちったんだから」
「次のバス待てば?」
「ねえって、次のバスなんて」
「ないの? バス。まだ夕方なのに?」
「あたりめえだべや。もうとっくに下校時間すぎてんだから」
「だけどほかに乗る人は?」
「いねえって、バスに乗る人なんて」
大地はあぜんとした。釧路のバスはもっと遅くまでひんぱんに走っている。あらゆる場所から、あらゆる場所に向かって。
「ヤベエ、もういかねえと。遅くなると父ちゃんかんかんになるぞ」
「ヤベエヤベエ、父ちゃんかんかん」
「あの……」大地は立ち去ろうとする二人を呼びとめた。「ぼくと一緒にさ、ヒッチハイクやんない?」
二人は振り向き、宇宙人でも見るかのような目を大地に向けた。
「ぼくさ、ヒッチハイクの達人だから」
「ヒッチハイクって、こうやって車をつかまえるやつか?」少年がヒッチハイクのかまえを取った「おまえ、やったことあんのか?」
「うん」大地は得意げに頷いた。「実はさ、ここまでもヒッチハイクできたんだ」
「釧路から? おまえ一人で?」
「うん」
こいつただものじゃないぞ、といいたげな目を少年は大地に向けた。自尊心をくすぐられ、大地はこみ上げる笑いをかみ殺すのに苦労した。
「ねえ、やろうよ、ヒッチハイク。結構さ、簡単にとまってくれるんだ」
「駄目だよ」
「どうして?」
「うちじゃさ、知らない人の車に乗っちゃ駄目だっていわれてんだ」
「家までいかなきゃばれないよ。ちょっと手前で降ろしてもらえばいいじゃん」
少年は首を振った。
「どうして?」
「嘘つきたくねえんだ」
毅然とした口ぶりでいわれ、大地はもう何もいえなくなった。カウンターパンチをくらった思いだ。いい気になってはしゃいでいた自分が、ひどく子どもっぽく思えてくる。
「じゃあな。わりいけどヒッチハイクはおまえ一人でやってくれ」少年はそういうと、背中の弟を揺すり上げて歩き出した。
つづく
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
応援のクリックをしていただけると、励みになります。

こちらの日記ブログもよろしくお願いします(^o^)丿
道下森オフィシャルブログ「魂の落書き」
第1話「お父さん、大好き」
第2話「大地の放課後」
第3話「はじめて抱いた将来の夢」
第4話「旅行にいくぞ!」
第5話「お父さんに捧げる、ぼくの漫画!」
第6話「お父さんが倒れた!」
第7話「お父さんの入院、お母さんのいらいら」
第8話「お父さんとの最後の時間」
第9話「ひとりぼっちの夏休み」
第10話「新学期」
第11話「危険な放課後」
第12話「地獄のアイスホッケー」
第13話「大地、どん底に突き落とされる」
第14話「天国へ。お父さんのところへ」
第15話「クマみたいな大男 ①」
第16話「クマみたいな大男 ②」
第17話「大地、寝袋をさがして釧路の街を走る」
第18話「大地、寝袋を手に入れる」
第19話「旅立ちの朝」
第20話「一歩目の勇気」
第21話「ヒッチハイク開始!」
第22話「逃亡」
第23話「上尾幌へ」
第24話「神様がためしてるんだ」
第25話「塘路へ」
第26話「母への電話」
第27話「サダハルたちとの出逢い」
第28話「人生の意味」
第29話「屈斜路湖へ、最後のヒッチハイク」
第30話「お父さんとの旅」
はじめから一気に読みたい方はこちらから↓
お父さんとの旅「はじめから一気に読めるページ」
物音がしない。
どこを見ても森か林で、アスファルトの道路以外に人間の匂いを感じさせるものはなかった。その道路にしたってただ静かに横たわっているだけで、車一台とおりかかる気配がない。
陽射しは森のこずえをかすめて鋭く降り注いでいるのに、何だか薄ら寒かった。人けのない荒涼とした風景の中を歩いているからか、それとも目的地が近いことで緊張しているのか、さっきからやたらと身震いばかりしている。
大地はたまらず走り出した。アスファルトを蹴る靴音が、小さく、しかし鋭く響く。早く空き地にいこう。空き地にいけば、大男に逢える。そうだ、もうすぐ逢えるんだ。ついにやったんだ。ぼくはやった。自分の力で屈斜路湖にたどりついたんだ……!
前方に木々の切れめが見えた。近づくと、そこは橋だった。大地は足をとめ、息を切らしながら欄干の文字を見た。『眺湖橋』と書いてある。
ここだ……。
クマみたいな大男がいっていた橋。眺める湖の橋。眺湖橋だ。
ホントにあったんだ……。
大地は小走りで橋の真ん中までいくと、左手に開けた広大な景色に目をやった。湖だ。すきとおったその湖面が、西日を浴びて金色にきらめいている。
「屈斜路湖だ!」大地は欄干から身を乗り出してその金色の水面を見つめた。「屈斜路湖だ! 屈斜路湖についたんだっ!」
地形が入り江になっているせいで、ここから見る屈斜路湖は北海道第二の広さは感じなかった。それでも欄干からさらに大きく身を乗り出して遠くを見れば、この湖がかなりの広さを持っているのだとわかる。少なくとも、旅の途中で目にした塘路湖よりははるかに雄大だ。
遠く向こうの対岸には、丘陵が長々と横たわっている。太陽が西に傾いている影響で、その丘陵は黒いシルエットにかわりつつあった。
遠くの湖面はぴんと張りつめているが、橋の近くの水は小さく波打っている。その波が、浴槽の栓を抜いた後にふろのお湯が一気に流れ出すように、加速しながら橋をくぐって背後へと流れている。
大地は振り返り、反対側の欄干へと移動した。
息をのんだ。
川だ。
川が、ジャングルの中を流れている。
橋をくぐって流れ出した細い川は、マラソンランナーが長いレースのスタートをいっせいに切ったときのように、勢いよく流れていた。その勢いはとだえることなく、左右から倒れこむ木々を小刻みに揺らして、ジャングルのかなたへと吸いこまれるように消えていく。
川の水はエメラルドグリーンで、川底の石までくっきりと見えるほどにすきとおっていた。そのきらめく水の中を、魚の影が右へ左へと鋭く走る。
もしかしてこの川……。
大地は直感的に確信した。この川は釧路川だ。釧路の街で毎日見ているあのねずみ色の川とは似ても似つかないけど、エメラルドグリーンに輝くこの清流こそが、自分がこれから旅する釧路川にちがいない。
この川が釧路の街までつづいているのか……。
大地はバックパックを背にたどりついた夜明けの釧路駅を思い出した。あれは今日の朝のことなのに、ずいぶん昔のことのような気がする。あれからここまでくるのに、いろんな出来事があった。その出来事のすべてを、早くクマみたいな大男に語って聴かせたい。
そうだ。早く大男のところにいこう……。
大地は勢いよく欄干から離れると、約束の空き地に向けて走り出した。
空き地は川のすぐそばにあった。
大地はこれ以上はないほどに強く胸を高鳴らせながら、公道から空き地に下りるスロープを駆け降りた。
未舗装のスロープにはわだちがいくつも刻まれていて、そのうちの一つが向かう先に紺色の車がとまっていた。
紺色の車は湖を向いていた。あの車の中にクマみたいな大男がいるのだろう。早くいって驚かせてやろうと思い、大地は笑いをこらえながら走った。
「遅くなりましたっ!」大地は半分開いた助手席の窓に顔を近づけ、二等兵よろしく、敬礼のかまえを取った。
運転席で漫画雑誌を読んでいた男がこちらを見た。クマみたいな大男ではなかった。土木工事が何かをしているらしい作業服姿の中年だった。
「あ、あれ……?」
「なしたのさ?」
「あ、いや、あの……」
「誰かとまちがえたんかい?」
「あっ、はい。ごめんなさい」
「待ち合わせかい?」
「はい」大地は頷き、クマみたいな大男の特徴を説明した。
「見ないなあ」作業服姿の男はむずかしい顔をして首を傾げた。「ここにいるはずなんかい?」
「おとといからいるはずなんです。屈斜路湖の空き地でキャンプしてるって」
「おとといからって、おら、一週間近くこのあたりで仕事してっけど、そんな大きな男、一度も見てねえぞ」
「そんな……」大地は泣きそうになった。空き地で待っているっていったのに、どうしたっていうんだろう。
「屈斜路湖の空き地って、ホントにここのことかい?」
「えっ?」
「野営場のことなんでないかい?」
「ヤエイ……?」
「ああ。キャンプ場だわ。キャンプするなら、普通は野営場にいくべ。こったら殺風景なとこでなくて」
「はあ……」
「和琴半島でないの?」
「ワコト?」
「湖につき出る半島があるんだわ。そのつけ根のあたりに野営場があってな、内地からきたライダーなんかが大勢泊まってるわ」
「ライダーが大勢ですか……?」
「ライダーだけでなくて、自転車の人とか、それとたまにカヌーで釧路川下る人もいるな」
「カヌーの人?」
「ああ。この釧路川はカヌーのメッカなんだわ。何でも日本で唯一、源泉から海まで下れる川なんだと。おれの知り合いに川下りやるやつがいて、そいつがそんなことしゃべってたんだ」
メッカだとかゲンセンだとか、そんな説明はさっぱり理解できなかったが、カヌーという言葉に大地は食いついた。
「あの、カヌーの人はみんなその野営場に泊まるんですか?」
「みんなってことはねえだろうけども、ほとんどはそこさ泊まるんでないかい。近くに和琴温泉って有名な温泉もあるし、景色もここよりずっときれいだから、旅行者に人気があんだわ」
「いってみます」大地は車につっこんでいた頭を外に出し、きょろきょろとあたりを見まわした。「どっちの方角ですか? その野営場」
「歩く気かい? むちゃだわ。一時間以上かかるぞ」作業服姿の男はあきれた顔で大地を見上げ、車のエンジンをかけた。「乗れや。その野営場までつれてってやるわ」
「ありがとうございます」大地は遠慮せずに助手席に乗った。
車はたった今大地が歩いてきた道を逆にたどり、国道243号とのT字路に出た。青信号を右にまがり、畑がいくつも横たわる田舎道を美幌方面に向って走った。畑のところどころにトタン屋根の民家が立ち、その背後になだらかな丘陵が横たわっている。
五分ほど走り、作業服姿の男はウィンカーを右に出した。
林と畑が囲む直線の小道をひた走り、やがて車は湖に出た。
「ほれ、ここでみんな野営してっから、さがしてみれ」
大地は車を降り、作業服姿の男に礼をいった。男はナンモナンモと右手を振り、車をUターンさせて帰っていった。
コバルトブルーの湖が、信じられないくらいの雄大さで広がっていた。それは今まで生きてきた中でまちがいなく一番に美しい風景だったが、大地はそんなものには目もくれずに大男をさがしはじめた。
湖畔に、ざっと数えて二十張りほどのテントが並んでいる。この中にクマみたいな大男のテントはあるだろうか。
なかった。
キャンプ場のはしからはしまで三往復したが、クマみたいな大男はいなかった。
和琴半島のキャンプ場をあとにし、林と畑に囲まれた道をとぼとぼと歩いた。
これからどうすればいいんだろう……。
大地の頭は混乱していた。哀しくもあり、心細くもあり、みじめでもあった。悔しさもある。怒りもあった。苦労してここまできたのに、どうして約束の場所に大男はいないのか。
泣きたくなった。だが泣いている場合ではなかった。何とかしなくてはならない。何とかしなくては……。
だけど何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。べつの場所をさがすか、もう一度あの空き地に戻るか。あるいは大男はすでに旅立ってしまったのだと判断するのか。どんなに考えても、答えは出なかった。
仮にべつの場所をさがすとして、その場所とはどこだろう。まさか北海道で二番目に広いこの湖のまわりを、くまなくさがすなんてできっこない。だったら空き地に戻るか。だけどあの空き地に大男はいなかったのだ。さっき自分の目で見たのだからまちがいない。
だとしたら、残された道は、大男はもう釧路川をカヌーで漕ぎ出してしまったのだと判断することだった。つまり、あきらめて釧路に戻る選択だ。
いやだ!
苦労してここまできたのだ。そう簡単にあきらめたくない。すごすごと帰るわけにはいかないのだ。
とりあえずもう一度、空き地にいこうと決めた。大男がいなかったのはわかっているが、あの空き地が待ち合わせの場所であるのはたしかなのだ。大男ははっきりといっていた。空き地にこい、と。屈斜路湖の南の眺湖橋って橋のわきの空き地に。その空き地で待っている、と。金曜日まで。そうだ、今日まで待っていると、大男はたしかにそういったのだ。
二十分ほど歩くと、国道に出た。
左にまがり、作業服姿の男の車できた道を逆にたどった。だが歩き出してすぐ、大地は足をとめた。あの空き地まで歩いて一時間以上かかるといわれたのを思い出したのだ。ここは得意のヒッチハイクで空き地をめざそうと思った。
ふと、左手に立つ青い屋根の建物が気になった。一階建てで、コの字形をしていて、ちょっと広めの庭がある。
門標を見ると、そこに学校の名があった。弟子屈町立の小学校だ。
嘘、と思わず声を上げた。こんなちっぽけな建物が小学校だなんて信じられない。だがすぐに、あたりの風景を思って納得した。このあたりの土地には人があまり多く住んでいないのだ。人が住んでいないのだから当然子どもの数も少なく、したがって学校も小さいのだろう。おそらくクラスも一つか、せいぜい二クラスで、ちがう学年の児童がごっちゃに授業を受けているのだ。いつだったかテレビでそういう学校を紹介していた。
児童はすでに下校しているようだった。いつのまにかそんな時間になっていたのだ。振り返って西の方角を見ると、太陽は丘陵のすぐ近くにまで傾いていた。眩しい光だが、ぎらついていた昼間と比べて陽射しはだいぶやわらいでいる。そういえば何となく肌寒い。
早く空き地に戻らないと……。
大地は西日に目を細めながら、美幌方面からやってくる車に向けてヒッチハイクを開始した。車の数は少ない。ぽつぽつとやってくるだけのその車のすべてが、大地に見向きもせずに走りすぎていく。
車が途切れた。大地は重い息を吐きながら膝の屈伸運動をした。太ももがマラソンの授業の直後みたいに重く痛んでいる。
屈伸運動をつづけていると、西日の光の中に人影が現れるのが見えた。
大地は眉毛の前に右手をあててヒサシをつくり、目を細めてその人影を見た。どうやら二人いるようだ。さらに目を凝らすと、大きい人影が小さい人影をおんぶしているように見えた。
人影はこちらに向かって歩いてきた。大地のいる場所から十五、六メートルあたりまでくると、その姿がはっきりと見えた。二人とも、大地と同じ小学生で、やはり大きい方の少年が小さい方の子をおんぶしていた。
話しかけようか迷いながら、大地はヒッチハイクをつづけた。だが視線は国道を走る車でなく、二人の少年に向いてしまう。やっぱり話しかけよう。大地はそう決めて、ヒッチハイクをいったんやめた。
こんにちは、と口を開きかけるが、どうしても声にならない。拓也たちみたいないじわるな少年だったらどうしようと、ついつい弱気になってしまう。
「こんにちは」
大地がびびっているうちに、二人から声をかけてきた。
「こ、こんにちは」
「何やってんのお?」おんぶされている方の子が無邪気な笑顔を大地に向けた。「大きいリュックしょって、遠足?」
「うん、まあ」大地はあいまいに答えた。
「おまえ、この辺のやつじゃねえべ?」大きい方が訊いてきた。「町からか?」
「釧路から」
大地は答えながら、大きい方の少年の全身をさっと眺めまわした。自分よりも背が十五センチ近く高い。六年生だろうか。いや、そうともかぎらない。これくらいの背丈の五年生は日の出小学校にも何人かいる。
「へっ、釧路かよ」大きい方の少年がつまらなそうにいった。
「きみたちは何してんの?」
「おれたち、家に帰んだ」
ここで大地は二人の顔が似ているのに気づいた。
「もしかして兄弟?」
「ああ」
「ここの学校」青い屋根の建物を見やって大地は訊いた。
「そうさ」
「じゃあ、このあたりに住んでるの?」
「ちげえよ。もっとずっと先さ。ここから五キロ先」
「あのね、ぼくたちんち学校の中で一番遠いの」兄の背中で弟がいった。コタンよりもっと先だから」
「馬鹿、釧路のやつにコタンっていったってわかるわけねえべや」
兄に馬鹿呼ばわりされても、弟は慣れっこだというふうに明るい顔のままでいる。
「コタンってのはよ、集落の名前だよ」
「シューラクって?」
「集落も知んねえのか?」少年が馬鹿にした顔で大地を見た。
「うん……」大地はちょっぴりひるんでうつむいた。
「集落ってのはよ、家が集まってるところのこと。この道を真っすぐにいくとよ、左にまがる道があんだ。その道しばらくいくと釧路川があって、橋越えて十分くらいいくとコタンにつくんだ」
あの空き地の近くだ。つまりこの二人とは行き先が同じということだ。
「おれたちの家の集落はコタンを越えて、もう五分くらいいったとこさ。このあたりじゃ一番小せえんだ。何せ、うちのほかに住んでる人がいねえんだからな」
「きみんちだけ?」
「おととしまではもう二軒あったんだけど、どっちの家も離農して出てったんだ」
「リノー?」
「おまえ離農も知んねえのかよ?」
「う、うん」
「まあ、しょうがねえか。釧路は都会だもんな。あのな、離農ってのは、農家が農業をやめちゃうこと。その二軒は農家をやめちゃったのさ。そんで町に出てったんだ。だから今はうちのほかに廃屋が二軒あるだけなのさ」
「だったら、ぼくんちの町と同じだ」この少年と対等のものを見つけたような気がして、大地は元気を取り戻した。「ぼくの住んでる町もさ、昔は十五軒も店が並んでた商店街だったんだけど、みんな店をやめて出てっちゃったんだ。今はもう四軒しか残ってなくて、ほかはみんな廃屋」
「おまえんち商店街なのか?」
「うん。でも今は店は四軒……」大地はそこで言葉を切った。父が死んだ今、日の出商店街には三軒の店しかないことを思い出した。
「だけど商店街にはちがいねんだべ。すげえな。おれ、商店街なんて見たことねえもな」
嘘でしょ、と大地は声を上げそうになったが、すぐにその言葉をのみこんだ。畑と林と湖しかないこの土地に、商店街なんてあるはずない。それどころか、一軒の商店すら見かけない。
「ところでさ、どうして弟おんぶしてんの?」
「こいつ、さっき足くじいたんだ」少年は背中の弟に右手の親指を向けた。「和琴半島にいく道の畑にさ、猫がくるんだ。こいつ、いつも給食の残りをやりにいくんだよ。バスの時間まで少しあるからさ。だけど今日はバスの時間になっても帰ってこねえからさ、様子見にいったら、こいつ、うずくまってんだ、道ばたでよ。なっ?」
兄が振り向くと、弟は、うん、と元気いっぱいに頷いた。
「馬鹿、何笑ってんだ。バスいっちったんだぞ」
「バスいっちった」
「まねすんな、馬鹿」
「あの……」大地は二人のやり取りにわって入った。「おんぶして帰るの?」
「そうだよ」
「五キロあるんでしょ」
「ああ。もっとあるかな」
「歩くの? ずっと、おんぶして」
「仕方ないべや。バスいっちったんだから」
「次のバス待てば?」
「ねえって、次のバスなんて」
「ないの? バス。まだ夕方なのに?」
「あたりめえだべや。もうとっくに下校時間すぎてんだから」
「だけどほかに乗る人は?」
「いねえって、バスに乗る人なんて」
大地はあぜんとした。釧路のバスはもっと遅くまでひんぱんに走っている。あらゆる場所から、あらゆる場所に向かって。
「ヤベエ、もういかねえと。遅くなると父ちゃんかんかんになるぞ」
「ヤベエヤベエ、父ちゃんかんかん」
「あの……」大地は立ち去ろうとする二人を呼びとめた。「ぼくと一緒にさ、ヒッチハイクやんない?」
二人は振り向き、宇宙人でも見るかのような目を大地に向けた。
「ぼくさ、ヒッチハイクの達人だから」
「ヒッチハイクって、こうやって車をつかまえるやつか?」少年がヒッチハイクのかまえを取った「おまえ、やったことあんのか?」
「うん」大地は得意げに頷いた。「実はさ、ここまでもヒッチハイクできたんだ」
「釧路から? おまえ一人で?」
「うん」
こいつただものじゃないぞ、といいたげな目を少年は大地に向けた。自尊心をくすぐられ、大地はこみ上げる笑いをかみ殺すのに苦労した。
「ねえ、やろうよ、ヒッチハイク。結構さ、簡単にとまってくれるんだ」
「駄目だよ」
「どうして?」
「うちじゃさ、知らない人の車に乗っちゃ駄目だっていわれてんだ」
「家までいかなきゃばれないよ。ちょっと手前で降ろしてもらえばいいじゃん」
少年は首を振った。
「どうして?」
「嘘つきたくねえんだ」
毅然とした口ぶりでいわれ、大地はもう何もいえなくなった。カウンターパンチをくらった思いだ。いい気になってはしゃいでいた自分が、ひどく子どもっぽく思えてくる。
「じゃあな。わりいけどヒッチハイクはおまえ一人でやってくれ」少年はそういうと、背中の弟を揺すり上げて歩き出した。
つづく
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
応援のクリックをしていただけると、励みになります。

こちらの日記ブログもよろしくお願いします(^o^)丿
道下森オフィシャルブログ「魂の落書き」
スポンサーサイト